Directors Blog #1


瀬戸内巡遊(沙弥島・与島)

沙弥島は柿本人麿・万葉の故地。海岸植物の叢の中に、30年前ごろに居なくなったかつては神戸の家具商だった人の洋館があります。南条嘉毅はここに8000年前に今の瀬戸内海に海水が入り始めた頃の中国地方から四国に続く現在の与島五島を俯瞰する叙事詩を見せてくれます。壮観。暗室の壁には遺されたランプ、机、家具、昭和の家電製品が点滅し、一方の壁には讃岐の美しい四季が映り変わるなか、足許の床には櫃石、岩黒、与島等の丘陵が続き、私たちはあたかも天空の神の視点で実際の海水が入り込むさまを体験するかのようです。別室には壊れて黴の生えたようなレコードがまわり、ナウマン象の歯や貝塚の実物が今そこにリアルにあるのです。私たちはここでサヌカイトを求めてこの地に渡ってきた祖先と一体化するのです。

次は沙弥小・中学校の校舎全体を使ったロシアの医者・科学者でもあるレオニート・チシコフによる、これまた人類の夢である月(宇宙)への憧れが、幼年期の体験、真っ白な雪の中から翼をつけて飛び上がろうとする映像、ロシアの天才宇宙科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーのデッサンが散見できる研究室、アポロ16号で月に家族写真を置いてきたチャールズ・デュークの話にちなんだ故郷(地球)に忘れを惜しむ場面、故郷ウラルでかつて生き今は宇宙に還った人々の肖像が浮いては消える映像などになり、一部屋一部屋に作家と科学者と宇宙旅行士が、あるいは一人の個人と人類の経験と希望と寂しさが何重にも混じり合う体験を味わうことができます。校庭に出れば、この作品が柿本人麿の「天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ」に導かれていたことがわかるのです。月は私たち地球遊民の46億年を映す分身であり、鏡であり、それゆえに海と相性が良い。思えば瀬戸芸に月をテーマにした作品が多いことに気がつきます。

そのまま瀬戸大橋を渡って与島に。ここは浦城のバス停に宇宙飛行士、少し歩いて鍋島に登れば、四国でいちばん古く美しい鍋島灯台に百万個の光を発する宇宙があります。ここでの海で暮らした瀬戸内群島の人々ののどかでありながら厳しい世界を感じながら、瀬戸大橋のダイナミックな構造の美しさにも圧倒される豊かなもので、ぜひ体験してもらいたいのです。この日はあたたかな春の陽射しのなか、海にはチヌ、タイ狙いの釣り船がたくさんでていて、ひねもすのたりのたりと幸せな気分になれたのです。

瀬戸内国際芸術祭総合ディレクター 北川フラム