せとうちのしおり♯18
小豆島には明治時代に建てられた醤油蔵や佃煮工場が軒を連ねる「醤の郷(ひしおのさと)」と呼ばれている地域があります。
香ばしい醤油の香りと美しい町並みを楽しみながら、坂道を歩くこと数分。
オリーブ畑の中に見えてきたのは、「オリーブのリーゼント」(清水久和)。
太陽の日差しを浴びてキラキラ輝いています。
石井岩男さんは、このオリーブ畑の持ち主。
みんなからは、岩ちゃんと呼ばれています。
「オリーブのリーゼント」が設置された瀬戸内国際芸術祭2013 から、ほぼ毎日「オリーブのリーゼント」をわが子のように磨いています。
「ひかっとるやろ。今朝も磨いたんよ」。岩ちゃんに、お話を聞きました。
「はじめはペンギンかと思ったんよ。子どもたちは、タマゴにクジラがのっとるって言ったりね。オリーブの実にオリーブの葉っぱがのってるんですねと言う人がいたり。見た人がそれぞれにいろんなことを話してくれる。それが楽しいです」
瀬戸内国際芸術祭2013が開幕した3月20日から会期が終わるまでの108日間、岩ちゃんは1日も休まず「オリーブのリーゼント」を磨いたそうです。
自分の畑にあるとはいえ、こんなに大きな作品を毎日磨くのはきっと大変。
なぜそこまでできるのでしょう。
「白いから汚れるんです。汚れたら拭いてあげたくなる。はじめに顔みたいなところを磨くでしょう。その後下の方を磨くんだけど、そのとき自分の肩や腕が作品に触れる。触れるほどかわいくなって、愛着もわく。子どものような感じで磨いてあげてます」。
岩ちゃんは作品を磨くだけではなく「オリーブのリーゼント」を見に来た人たちを案内したり、写真をとってあげたりして、2013年の芸術祭が閉幕した後も作品と人々をずっとつなぎ続けてきました。
お話をお伺いしている最中にも20代の女性2人組が訪れて、岩ちゃんに写真を撮ってもらっていました。
「家の2階にいると人がくるのが見えたり、話し声が聞こえるので、すぐに外に出ていって、おすすめのポーズを教えたり、リーゼントのかぶりものを貸してあげたりして写真を撮ります。1度きたことがある人が、数年後に旦那さんや子どもを連れてまたきてくれたりすることもあって、そういうことがとてもうれしい。
海外からのお客さんも多くて、特に現地のテレビで紹介されたこともあって、台湾の方がよくきてくれます。近所に住むおばあさんのお孫さんが結婚するというので、花嫁さんの前撮りもありました」。
「オリーブのリーゼント」のツルツルのボディに触れながら一周すると、小さなくぼみがあって、中にはみかんが入っていました。
「今日も子どもがきて、これ食べてもええかと聞くからあげたりしてね。小豆島はお遍路さんの島。ようきたな、お接待という意味で置いてます」。
岩ちゃんの本業はオリーブやお米を作る農家さん。
ご先祖は江戸時代から続くお醤油屋さんを営んでいました。
「オリーブのリーゼント」を見にきた人には、その当時使われていた醤油蔵も見せてくれます。
岩ちゃんは「オリーブのリーゼント」をきっかけに、「醤の郷」の町並みや、そこで長年営まれてきた醤油産業、オリーブにも興味をもってくれる人がいることがうれしいと語ります。
この作品をつくった清水久和さんは
「『オリーブのリーゼント』がこんなにも愛されるようになるとは思っていなかった。ただこの場所に作品があるだけでは、こんなに愛され続けることはなかったでしょう。岩ちゃんのおかげです」
と言います。
地元の方の愛情に支えられて、芸術祭の会期後も続いていく人と人のつながり。2019年の芸術祭でも、多くの新しい出会いや絆を生み出していくことでしょう。
最後に岩ちゃんから一言。
「来年の瀬戸内国際芸術祭もいろいろな人に会えるのが楽しみ。ただ、ここにずっとおるわけじゃないので、“会えたらラッキー”と思って来てくださいね」。