せとうちのしおり#26

犬島精錬所美術館があることで知られる岡山県の犬島。犬島「家プロジェクト」、犬島 くらしの植物園など、ベネッセアートサイト直島が運営するアートを楽しみながら島を散策すると、あることに気づきます。それは、島のあちこちにある池。なかでも犬島「家プロジェクト」I邸「Self-loop」(オラファー・エリアソン)を鑑賞し、港に戻る途中に出会った池は、島で一番じゃないかと思うほど、大きくてびっくり。でも、実はこの池。元々は大きな山だったと聞いて、さらにびっくりしました。

「犬島は石の島だったのよ。大坂城の石垣や、鶴岡八幡宮の鳥居も犬島の石です。島のあちこちにある池は、採石場の跡なんです」と教えてくれたのは、犬島生まれで犬島育ち。全国に運ばれた犬島の石たちを訪ね歩いて一冊の本にまとめるなど、犬島の石について詳しい在本桂子(ありもとけいこ)さん。「石のおばちゃんよ」と笑います。

大きな池がもともとは山だったって本当ですか。早速、聞いてみました。「祗園山(ぎおんやま)、島では〈ぎょんやま〉と呼んでいます。明治時代までは山だったけれど、石を採るために山が削られて、地中深くまで掘られた穴に水が貯まって、池になったそうです。あの池は海と繋がってるんですよ。釣りをする人もいたし、私の子どもが小さい頃、池に潜って生物の観察をしたりしていました。ふぐの養殖をしていた時代もありました。50年ぐらい前かな」。

かつては高い山がそびえていたなんて、現在の池の風景からはなかなか想像できません。「祗園山の上には祗園様という神様が祀られていて、島の人はよくお詣りしていたそうです。頂上近くには松林に囲まれた広場があって、夏はそこで涼んでいたとか。山の上にあった祗園様は採石のために、山の上から島の氏神様「犬島天満宮」に、天満宮の遷宮と同じ明治30年(1987年)頃にお引越しされました」。

犬島天満宮は、港から歩いて約10分のほどのところにあります。石垣の続く坂道を登って、少し降りると到着。長い階段を上がると、正面が天満宮の本殿。祗園様は、境内の一番西、水神様や山の神様などと並んで鎮座されています。狛犬様は陶製です。よく見ると向かって右側の狛犬様の顔が欠けています。「私の子どもの頃から口は欠けていて、口の中に手を入れて遊んでました」と在本さん。

在本桂子さん提供

祗園山から犬島天満宮にお引越しされた祗園様。「実は、犬島天満宮もよそから移転建立されたんですよ」。犬島天満宮は、もともとは犬島のすぐそばにある犬ノ島に祀られていました。大阪築港造営にあたり、犬ノ島の岩石を採掘するため明治32年(1899年)に移転建立されたそうです。犬島天満宮が犬ノ島に祀られていた頃の様子や採石される前の犬ノ島の姿は、犬島天満宮の本殿に奉納されている絵馬で見ることができます。

在本桂子さん提供

石の島・犬島が最も活気にあふれていたのは、大阪築港の石の切り出し場となった明治時代。多くの石の職人や船乗りたちが島を訪れ、そのにぎわいの様子は〈築港千軒〉と呼ばれたそうです。

「祗園山もそうだけど、犬島は高い山がないでしょう。石を採掘するためにわが身を削ったから。こんなになるまで身を削った石は、どこに行ったんだろうと思って、調べはじめたのが、石のおばさんのはじまり」と在本さん。今は見ることができない採石場の様子を見せてくれました。「昭和40年代(1965年代)の様子です」。

在本桂子さん提供

こちらは、昭和30年代(1955年代)と思われる写真。切り出した石は各地に船で運ばれて行きました。

港からまっすぐ歩いて3分ほど。左手の方を見上げると、小さな祠のようなものが見えます。山神社です。「採石業は危険を伴う仕事なので、昔から山の神様は守り神として信仰を集めてきました。1月、5月、9月の9日が祭日で、昔は休日のない石屋職人たちもこの日だけは休んで、親方の家で煮しめや五目ご飯などをごちそうになったそうです。お祭りの日には奉納相撲も行われていたんですよ」。

「犬島の石は濡れると、色が変わるって知っていますか」。そう言うと在本さんが犬島の石でつくられた犬の置物を水にくぐらせました。白かった犬が一瞬で茶色っぽく変身。犬島を歩いていると、石垣が美しいお家がたくさんあります。濡れると色が変わる犬島石の石垣。雨の日に島を散策するのも楽しそうです。

大坂城をはじめ、江戸城の石垣、鎌倉の鶴岡八幡宮など、さまざまな場所へ運ばれて行った犬島の石。「全国に嫁いでいったようなものですね。犬島に来られたら、ぜひ石の島の犬島も見て帰ってください。山神社の上からは犬島の集落や瀬戸内海の眺めが楽しめます。石垣が続く道を歩いて、天満宮まで行くのもいいですね」と在本さん。

犬島にはほかにも、どの藩が石を切り出したかわかるように印が付けられた「定紋石」や、港の側の海の中にゴロゴロ転がっている「だんご岩」など、石の島の歴史を彷彿とさせるものが残っています。ぜひ、探してみてください。