せとうちのしおり♯11
瀬戸内国際芸術祭2019のメインビジュアルは「海中の生物」がテーマ。
瀬戸内に暮らす人々になじみがあり、瀬戸内の魅力がギュッと詰まった生物「蛸」「鯛」「アナゴ」を素材に、瀬戸内国際芸術祭の魅力を発信するビジュアルです。
瀬戸内で蛸と言えば主にマダコを指します。
瀬戸内のマダコは夏場の今が漁の最盛期。
この時期、男木島や小手島などではタコ漁が行われています。
さて、漁師さんはマダコをどのような漁法でとっているのでしょう。
男木島の海辺を歩いていると、整然と積み上げられた黒い陶器の壺を目にすることがあります。
壺の直径は15センチほど、高さは30センチ前後といったところでしょうか。
口からやや下のくびれた箇所と胴体部分に、しっかりとロープが結び付けられているものもあります。
この壺、実はマダコを捕るための蛸壺なのです。
港の近辺に積み上げられた蛸壺の光景は、小手島(丸亀市)や沖之島(土庄町)などでも見ることができます。
マダコは海底の岩の隙間や穴といった狭い場所に入り込む習性があります。
この習性を利用したのが蛸壺漁です。
マダコの漁場に向かう漁船は、幹縄と呼ばれる太いロープに
数十個〜100個以上の蛸壺を結びつけたものを数セット載せています。
漁場に着くと、幹縄の端におもりを付けて幹縄ごと蛸壺を海底に沈めます。
数日後、漁船のローラーを使って幹縄をたぐり寄せて蛸壺を引き揚げ、
うまくいけば蛸壺の中にマダコが入っているというわけです。
瀬戸内で使われている陶器の蛸壺は、主に瀬戸内でつくられていました。
兵庫県、広島県、山口県、香川県などです。
このうち、香川県には宇多津町と多度津町に産地がありました。
男木島の蛸壺は宇多津町の製造所によるものです。
この製造所では、次のような方法で蛸壺をつくっていました。
まず、採掘して保管していた粘土を練って柔らかくします。
柔らかくなった粘土を蛸壺の型に入れて、ロクロを回しながら形を整えていきます。
それを屋外に並べて天日で乾燥させます。
乾燥させたものに釉(うわぐすり)をかけます。
男木島で見かける黒い蛸壺は、この釉によるものです。
釉には黒のほかに茶(赤)もあり、蛸壺を用いる漁師さんや漁協のオーダーに応じてつくりわけていたそうです。
その後、大きな窯の中に入れて、焼き上がると蛸壺が完成します。
宇多津町の蛸壺は一時期、瀬戸内の各地で使われていました。
津和地島(愛媛県)や明石市(兵庫県)、三原市(広島県)などです。
兵庫県明石市の西端のとある漁港では、広い港にびっしりと漁船が並んでいます。
宇多津町の蛸壺はここでも使われています。
ここの蛸壺をよく見ると、陶器の外側をモルタルで固めたものが目立ちます。
陶器だと海底の岩などに当たって割れてしまうことがあるため、それを回避するためにモルタルでガードしているそうです。
例えば、高見島や小豆島で見かける蛸壺の多くは陶器ではありません。
以前これらの島でも陶器の蛸壺を使っていましたが、それをつくる製造所が少なくなったことなどもあり、樹脂のものが使われるようになったようです。
このように、場所によって用いる蛸壺の素材やスタイルはまちまちです。
そんな時代の変化とともに少しずつ形を変えながらもマダコ漁は受け継がれています。
ところで、男木島には蛸が描かれている作品があります。
瀬戸内国際芸術祭2016で制作され、今も休日を中心に公開されている「部屋の中の部屋」(大岩オスカール)です。
この作品は「部屋」をモチーフとした立体的なだまし絵のようなインスタレーションとなっており、奥の襖絵には青白い吸盤が……。
海に沈む夕日に照らされながら現れる巨大な蛸です。
※作品の公開日時はART SETOUCHI開館カレンダーをご確認ください。
男木島の民宿では宿泊者向けにタコ飯を提供しています。
島でとれたタコを炊き込んだやさしい味のご飯です。
瀬戸内国際芸術祭2019のメインビジュアルに驚いた方も多いかもしれませんが、瀬戸内と蛸が身近な関係にあるということを知っていただけたらうれしいです。
来年、芸術祭にお越しの際は、ぜひ、地元の方に身近な生き物や食材の話を聞いてみてください。
とっておきのエピソードを教えてくれるかもしれません。