せとうちのしおり#36
瀬戸内国際芸術祭は、それぞれ個性をもっている島の地形や風景や生活の特徴をアーティストが作品を作ることによって表すという一風変わった国際的な芸術祭です。
回を追って、国内だけではなく海外からも多くの人が来られますが、みなさんに来られた理由を聞くと
「世界的な現代美術の優品を見られる」
「海を渡っていろいろな島を巡れる」
と答えられますが、帰るときに伺うと、以上2つの楽しさに足して次のことを挙げられます。
「島の人と話せた」
「土地の料理を食べられた」
「お祭りに参加できた」
という感想が多いのに驚くのです。
瀬戸内国際芸術祭に来られる人の多くは都市からのお客さんです。都市は刺激と興奮に満ちており、大量の消費ができ、さまざまな情報でいっぱいで、若い頃には、それが魅力だったりしますが、すぐに、ただ情報に追われているだけだったり、市場による誘導に踊らされているだけなことに気づきます。何よりも五感全開の人間的な活動ができていないことにがく然としてしまう。
多くの人は自然と、そこに包まれた生活に出会い、その時間の流れに浸りたくて瀬戸内にやって来ているのではないでしょうか。そこでの作品も、世界中の都市に置かれているものとは違って、海で繋がり、島で固有に育まれた参加性の高いものだから面白くない筈はない。
かつて、鳥が飛んでいくのを見、木の実が流れつくのを知り、人々は彼方に島があるだろうと、舟をくり抜き、丸太をつないで海に漕ぎ出しました。20万年前にアフリカ南部で誕生したホモ・サピエンス―私たちの祖先は冒険心いっぱいに世界に散っていきました。
あわよく着岸できた彼らは、掘っ立て小屋を作り、持ってきた木の実や植物の種を植え、生活をし始めます。私たちの祖先はすべからく船乗りであり、漁師であり、農民であり、大工だったのです。そういう遺伝子を巡れる旅が瀬戸内国際芸術祭の旅になっているのです。これが海の復権だと思うのです。