せとうちのしおり #6
高松から8キロほどの沖合に位置する大島。
ここには明治42年に開設された国立ハンセン病療養所「大島青松園」があります。
強制隔離が行われた過去を乗り越え、2010年からは瀬戸内国際芸術祭の会場のひとつとなり、多くの人が訪れる島になりました。
しかし高齢化に伴う入所者の減少により、島の過去の記憶が薄れてきているのも事実です。
そんな時、大島の記録・記憶を後世に残したいという自治会からの声があがり、瀬戸内国際芸術祭のボランティアサポーターこえび隊をまとめるNPO法人瀬戸内こえびネットワークが中心になってジオラマ制作が始まりました。
約700人もの入所者が生活していたという昭和30年代の大島青松園の様子を、1/150スケールの模型で再現する制作現場を訪ねてみました。
ジオラマが制作されているのは、社会交流会館。
ここには、こえび隊が運営する「カフェシヨル」や入所者の方に会いに来るご家族が宿泊できる部屋があり、大島に集う人々の憩いの場になっています。
まず、部屋に入って驚いたのはその巨大さ!
部屋いっぱいに広がるジオラマは鉄道模型のNゲージと同じスケールなのですが、施設全体を再現するために横幅は6メートルを越えます。
こえび隊のメンバーに指示を出しているのは、監修の金代健次郎さん。
普段は(公財)福武財団の事務局長を務めていますが、長年の趣味が鉄道模型だったこともあり、今回白羽の矢が立ちました。
「鉄道模型と違って正確さも求められるし大変ですが、やりがいがあります。業者に発注するのは簡単なんですけど、自分たちで手づくりすることによって学生など多くの人を巻き込みたかった。ジオラマ制作を通して大島の歴史を勉強することができます。」
制作にあたってまずは昔の写真や図面探し、入所者の方々への聞き取りなど資料収集から始めました。
「長島愛生園や邑久光明園などの近隣のほかの施設の模型を視察して、リサーチしてまわりました。他の施設の模型はだいたい1/100スケールが多くて建物だけ。
ここのジオラマの大きさを1/150にしたのは人形を配置して、当時の人の暮らしぶりや息づかいが感じ取れるものにしたかったからなんです。」
入所者からの聞き取りも進み、再現する季節は春にすることも決定。
「大島は今よりも松の木が多くて桜は少なかったようですが、春になると山にたくさんのツツジが咲いてきれいだったそうです。それを再現したいなと思いました。」
スケールや季節などは順調に決まったのですが、図面探しの方は難航を極めました。
「納骨堂や大島会館など、シンボリックな建物の図面は見つかりましたが、独身寮や夫婦寮など普通の建物の図面が全然残ってないんです。建物の高さがわからないし、写真も白黒なので建物の色がわからない。」
空撮写真などから建築家の林幸稔さんに図面を起こしてもらい、戸板や窓など建具から推測して、一つひとつの建物の高さを決定していったそうです。
色は当時の他の施設のカラー写真などを参考に推測しました。
金代さんがつくったという、独身寮や夫婦寮の模型を見せてくれました。
図面を元にレーザーカッターで切り出して制作した建物は、縁側や入り口にある井戸まで精巧につくられています。
「24畳の部屋に12人もの入所者が共同で暮らしていたらしいんです。ひとりのスペースも荷物も限られる。こういったことも模型にすると視覚的に俯瞰できてわかりやすいでしょう?」
ジオラマをつくるにあたっては島内をくまなく歩き、かつて建物があった場所や遺構を探しました。
「地形に敏感になるので、模型をつくろうと思って島を歩くと見え方がまったく変わります。山の上には皇室の御下賜金でつくられた茶室のような東屋もあったんです。遠く高松や屋島を見渡せたそうで、そこで集まって和歌や俳句を詠んでいたそうですよ」
詩人の塔和子さんや小説家の島比呂志さんなど、入所者の中には文化人や作家が多数いました。
かつてそういった方々が暮らした島の、あまり知られることのなかった一面もジオラマによって再現されています。
当時ハンセン病患者は「らい予防法(昭和28年~平成8年)」という国の政策によって、強制的に療養所に入所させられ、しかも園内のすべての運営を入所者が行うという過酷な生活を強いられました。
厳しく大変な時代を生きて来た彼らの暮らしの中にも、畑づくり、魚釣り、野球などの趣味や娯楽があり、入所者それぞれが語る思い出もたくさんあったそうです。
入所者への聞き取りを進めたこえび隊の笹川尚子さんは
「みなさん昔のことでもすごく正確に覚えているんです。雨戸の位置まで覚えていて、記憶のたしかさにはびっくりしますね。春に山に咲いたツツジを見ながら花見をしたことなど、みなさん楽しそうに話してくれました。」
このジオラマは来年3月の完成を目指し、今年度中はボランティアと一緒に作業を進めて行くそうです。
「大島では、毎年夏には子どもたちが島に滞在するサマーキャンプもあるんですが、松の木をつくるワークショップなどを開催しようと思っています。
2019年には瀬戸内国際芸術祭も開催されるので、これをきっかけに多くの人が大島を訪れて、子どもたちの笑顔でいっぱいの場所になったらうれしいですね。」
最後に金代さんは部屋の電気を消し、建物に仕込んだLEDを点灯させて見せてくれました。
窓に塗装された障子の格子の影が地面に落ち、一気に臨場感ある情景が浮かび上がります。
最終的には約100軒もの建物が並ぶそうで、今から完成が楽しみでなりません。
興味のある方はぜひこえび隊のワークショップ情報などをチェックしてみてくださいね。
こえび隊ウェブサイト
http://www.koebi.jp/
大島の作品開館日は毎月第2土曜日、日曜日です。
開館日に大島へ渡る際には、瀬戸内こえびネットワークまで事前にお申し込みください。
TEL:087-813-1741