Directors Blog #6
作品巡遊(大島・寒霞渓)
夕方5時過ぎ小豆島の土庄港を出て高松に向かう小型船の後部甲板で、黒ずむ豊島に30度ほどの角度で差し込みやがて夕陽にならんとする陽を受ける瀬戸内のおだやかな光景を目にします。航路は大きく南へと旋回するので、岡山の湾や直島、やがては男木・女木を右手に見て、左手には小豆島の奥に五剣山、大島、屋島が迫ってくるのですが、それらの彼方はうっすらと白みをおびています。近景の島と海と接するあたりは仄かに霞が流れているように揺らいでいて、波は静か。こんなおだやかな日は、知れず私の心も漠然と他の人々の気持ちや、人間社会にゆるやかに溶けていくようになって、気づけば船のエンジン音に消されるのをよいことに大声で唄をうたっているのです。《琵琶湖周航の歌》やザ・リガニーズの《海は恋している》、《椰子の実》などなど…。
昨日は事務局会議のあと、午後からは厚生労働省の方々を岡野美子国立療養所大島青松園園長とこえび事務局の笹川尚子さんにくっついてご案内。田島征三さんの〈青空水族館〉、〈森の小径〉、〈Nさんの人生大島70年〉、高橋伸行さんの〈稀有の触手〉〈海のこだま〉、山川冬樹さんの〈海峡の歌〉〈歩みきたりて〉等のほか、皆さんが北海道と呼んでいた北側の住居棟のひとつひとつを見て回り、社会交流会館の鴻池朋子さんのテーブルランナーやジオラマや資料を覗くという、なんとも充実した作品と資料群の時間でした。そこに見える、作品の対象とされた野村宏さん、脇林清さん、政石蒙さんをはじめとする多くの入所者のみなさん、多くの苦難のなかでそれぞれの生き方で現実を乗り越えていった人たちに寄り添い向かいあったアーティストの関わりは、爽やかな心持ちにさせてくれました。
私はその後、小豆島の土庄港を出て銚子渓から丘の上ルートで寒霞渓に行き、完成したばかりの青木野枝さんの鉄製の円弧を球体のように重ねている見晴台〈空の玉/寒霞渓〉を楽しみに見に行きました。林のなかにある、花崗岩の断片を見下ろす突端に、気持ちがおちつく鉄板の床があって、そこから眺める草壁港や少し遠くの坂手港に囲まれる湾から瀬戸内の海を眺める何ともいえない爽やかさ、豊かさ、心の広がりを感じました。私は大島青松園の作品から伝わってきた、ひとりひとりが持ったであろう故郷への想いや、生きていく思いに至らせてくれた作品からくる昂ぶりと、この素晴らしい、堂々として強いけどもやわらかく安心感のある鉄の上に立ち、鉄のつくる空間にあって何とも言えない感動に侵されたのです。それが春の残光に白くゆれるおだやかな海にとけてゆく嬉しさに充たされていきました。思えばこの数か月、いろいろな弱点をカバーして、このコロナ禍でお客さんにも住民にも楽しんでもらおう、残念ながらとけとげしい日々を過ごしてきました。反省しています。久しぶりのわけのわからない感動が迫ってきた一日でした。
2022年4月20日
瀬戸内国際芸術祭総合ディレクター 北川フラム