瀬戸内海、ど真ん中。良質なカタクチイワシの煮干し「伊吹いりこ」の生産が盛んで、全国的にも有名な観音寺市の伊吹島は、観音寺港から旅客船で25分の場所に位置します。島の玄関口、真浦港には多くのいりこ漁船が浮かび、海岸沿いには加工場が立ち並びます。獲れたイワシが高速の運搬船で加工場へ送られ、すぐに加工されることから鮮度が高く、「日本一の最高級いりこ」と言われています。

こうしたいりこ漁を基盤とする島独特の暮らしや風俗から着想を得た海外アーティストが作品を展開しています。また島ならではの手作り料理も味わうことができます。

真浦港から急な坂道を上り、島の集落を歩くと、細い道がくねくねと曲がっています。まるで迷路のような路地を通り抜けると、アート作品に出会います。

ib08《ものがみる夢》 KASA アレクサンドラ・コヴァレヴァ&佐藤敬(ロシア、日本)

真浦港から徒歩10分。島の高台に建つのは旧伊吹小学校。校舎の2階の教室では、伊吹島の暮らしを支えてきた道具を用いたアート作品から、残存する島の漁労文化を体感できます。

[海の庭]
この教室では、いりこと鰆(さわら)の漁網が張り巡らされています。

網をじっくり見つめ、「作品が本物の海のように思えました。」と表現するのは、栃木から4泊でお越しの50代女性。「海なし県から来たので、瀬戸内海に感動しました。実に明るく綺麗で穏やかです。そんな海の景色と一体となった作品に感動しました。奥行きがあり、日本庭園の借景みたいですね。」と喜んでいました。

東京から訪れた50代男性は「波のような網が何層もあって、床がすぐ見えず、深く感じました。作品の奥で船霊(ふなだま)が見守っている感じもいいですね。曇でも、海のかすんだ雰囲気がこの作品に合います。」と満足そう。「伊吹島はいりこだけでなく、鰆もすごいんだなと実感しました。」と話していました。

[島の庭]
赤、黄、緑、青、紫などで彩られたのは園芸用の網。網の上には、食器や柄杓(ひしゃく)、釜などが置かれています。

部屋を何度も往復するのは、高松から来た小学3年生の男の子。「カラフルでお花畑みたい。迷路のようでとても楽しかった~。」と嬉しそう。男の子の母親は「さまざまな色は島の四季を表現しているかのようですね。グラデーションのようでとても素敵な空間です。まさにインスタ映えして、万人受けすると思います。」とにこやかでした。

じっくりと隅々まで鑑賞し、水が溜まった器を見つめながら「水不足に悩まされ、水をとても大切にしてきた島の生活が伝わります。」と話すのは横浜から訪れた50代女性。「ふんわりしていそうな網の上に丁寧に道具を載せる技術や発想もすごいですね。島の文化に触れる作品が好きです。」と笑顔を見せていました。

岡山から来た40代男性は「幻想的な雰囲気ですが、校舎から子供の声が聞こえてきそうなぬくもりも感じます。とても楽しめました。」と語っていました。

「うららの伊吹島弁当」

旧伊吹小学校の校舎への入り口付近では、島のお母さんたち手作りのお弁当を販売しています。「うらら」とは、「私たち」という島の方言。飲食できるスペースも用意されています。

島の自治会長さんは「島のみんなが心を込めて手作りした郷土料理です。おもてなしを感じてもらえたらうれしいなぁ~!」と強調します。

おいしそうに頬張っていた東京から来た50代女性は「やさしくて素朴な味。島の方の愛情を感じます。島の食材を生かした、ここでしか食べられない味ですね。足を運んでよかったと非常に満足できました。」と絶賛していました。

ib09《つながる海》 ゲゲルボヨ(インドネシア)

旧伊吹小学校から迷路のような坂を上って徒歩5分。約100年前に設置された旧郵便局の建物の空間に、インスタレーションを展開、インドネシアの6人のアーティストが手掛けました。壁にはインドネシアに伝わる神様のキャラクターなどが描かれ、牛の皮を染色した影絵も堪能できます。

影絵を熱心に眺めるのは大阪から訪れた30代男性。「牛の皮を染めるという発想は日本にないと思うので、斬新でした。照明の光を通し、素敵な雰囲気です。裏側までいろんな暖色が楽しめますね。」と和紙に描かれるものとは違った面白さを話していました。

東京からお越しの30代女性は「髪の毛が生えた魚をはじめ、描かれたものには意外性があり、シュールな印象を抱きますが、じわじわと面白さや優しさも伝わってきます。異質な組み合わせにも違和感がありませんね。仏教的な要素を感じるアジアの素晴らしい空間です。」とじっくりと鑑賞していました。

「6人それぞれの個性がうまくまとまっていて、不思議なくらい統一感がありました。」と語るのは京都から来た50代男性。旧郵便局の装飾にも着目し、「昔ながらのガラスや欄間(らんま)、照明のデザインなども作品とうまく調和していて、素敵ですね。」と感想を述べていました。


ib05《伊吹の樹》 栗林隆

伊吹島ではかつて出産前後を女性だけで集団生活し、家事から解放されて養生する風習がありました。この命の誕生の場である出部屋(でべや)の跡地に、母胎を表現する大きな「生命の樹」があります。

《つながる海》から歩いて10分。狭い路地を通り抜け、やっと辿り着きます。

天井の空を見上げ、万歳のポーズをとるのは丸亀から来た30代男性。「インスタグラムで見て訪れてみましたが、この迫力は実際に来てみないと分かりませんね。光が差し込み、ミラーの輝きも体感できます。ここまで汗をかいて到着した甲斐がありました!」と感動を語っていました。

愛媛からお越しの40代女性は「自分が今にも空へ飛び出していきそうな不思議な感覚がしました。産道は未知の世界ですが、自分も生まれた時はこんな光景だったのかな。子どもにとって自分の産道もこんな感じだったのか、想像するとワクワクします。」と笑顔を見せていました。

ib10《浜辺の歌》 マナル・アルドワイヤン(サウジアラビア)

真浦港から海岸線を10分ほど歩くと、古い旧造船所に辿り着きます。この場所で、サウジアラビアの作家は、母国で船乗りの安全を祈願する儀式を伊吹島の人と一緒に行いました。ナツメヤシの葉で編んだ籠を松明(たいまつ)のように燃やし、海で炎を鎮めます。

展示空間では、儀式で使われたナツメヤシが展示され、スクリーンに儀式の様子が映し出されています。
「ここには海から戻ってくる方を歓迎する雰囲気があります。海の存在によって、男女の結びつきが緊密になったと感じました。」と話すのは、大阪に住む20代の中国人留学生2人組。

ナツメヤシをじっくりと見つめ、「焦げ跡がはっきりしたものや薄いものもあります。祈りもそれぞれ個性があるんですね。」としみじみと語っていました。

スクリーンの映像に夢中になっていたのは、横浜からお越しの50代女性。「祈りは万国共通だと実感しました。聴こえてくるアラビア語の歌に初めはなじみがありませんでしたが、映像を見ていくうちに、親近感を抱きました。」とほほ笑んでいました。

儀式が行われた海辺で写真撮影に夢中になり、「まるで自分がサウジアラビアの海にいるかのように感じてワクワクしました。」とすがすがしい表情を見せるのは、広島からの30代男性。芸術祭初開催の2010年から毎回、全ての島を巡ったそうです。「瀬戸芸は生きる糧で、毎回楽しみにしています。この美しい海の景色や充実した作品を見て、あと3年、また頑張ろうという気分になりました。」と嬉しそうに語っていました。

島ならではの産業や生活を体感でき、異国情緒漂うアート作品も楽しめる伊吹島。行けば必ず元気をもらえます。

(続く)