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ムニール・ファトゥミ

むにーる・ふぁとぅみ

モロッコ

ムニール・ファトゥミは1970年、モロッコ・タンジェ生まれ。
ムニールが4歳の時、家族はカサブランカへと移住した。
17歳の時、ムニールはローマへと旅行をし、ローマのフリースクールでヌードデッサンを勉強し、米国アカデミー・オブ・アートで彫刻を学び、その後カサブランカアートスクール、最終的にオランダ国立芸術アカデミーで学んだ。

ムニールは幼少期のほとんどを、タンジェの最も貧しい地域であるカサバラータの蚤の市で過ごした。彼の母親が子供服を売っていた環境は、膨大なゴミと使い古した廃棄物を生み出していた。
この幼少期が彼のアートにおいての最初の教育にあたり、ムニールを形成したものであったとムニールは考え、蚤の市を荒廃する美術館になぞらえる。
このような見方は、メタファーとしてム二ールの作品の本質的な部分を表現する。メディアの消滅、或いは工業が高度に発達した消費者主義社会の崩壊に影響を受け、ムニールは「アーカイブ」と「考古学」の間に位置するアートの概念を発展させた。
アンテナケーブルやタイプライター、旧型VHSなどの資材を使いながら、彼は実験考古学を発展させてきた。実験考古学とは、世界や、危機に瀕したアーティストの社会的役割に疑問を投げかけるものである。
彼は建築・言語・機械から成る三位一体のプリズムを通して、これらの記号をひねった作品を生み出し、古びて廃れかかった資材とアーティストの不確かな未来を反映しながら、記憶・言語・コミュニケーションの限界に疑問を投げかけている。

ムニールのアーティスティックリサーチは、テクノロジーの歴史とその大衆文化に対する影響力から成り立っている。その結果、彼の直近の作品は、進行中の未来のアーカイブとして見ることもできる。現代の歴史の鍵となる瞬間を表し、これらの技術上の素材は、知識の伝達、暗示的なイメージの力を問い直し、我々をテクノロジーとイデオロギーに縛り付ける制度を批判する。


【参加ビエンナーレ&トリエンナーレ】
第52回・第57回ヴェネチアビエンナーレ
第8回シャールジャビエンナーレ
第5回・第7回ダカールビエンナーレ
第2回セビリアビエンナーレ
第5回光州ビエンナーレ
第10回リヨンビエンナーレ
第5回オークランドトリエンナーレ
第10回・第11回バマコビエンナーレ
深セン建築ビエンナーレ
2016瀬戸内トリエンナーレ・2018越後妻有トリエンナーレ


【個展】
ミグロスミュージアム(チューリッヒ、スイス)
MAMCO(ジュネーブ、スイス)
ピカソミュージアム「戦争と平和」(ヴァロリス、フランス)
AKバンク財団(イスタンブール、トルコ)
クンストパラスト美術館(デュッセルドルフ、ドイツ)
ポンピドゥーセンター(パリ、フランス)
ブルックリンミュージアム(ニューヨーク、アメリカ)
パレ・ド・トーキョー(パリ、フランス)
イタリア国立21世紀美術館(ローマ、イタリア)
森美術館(東京、日本)
近代美術館(モスクワ、ロシア)
マトハフ・アラブ近代美術館(ドーハ、カタール)
ヘイワードギャラリー(ロンドン、イギリス)
ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン、イギリス)
ファン・アッべ美術館(アイントホーフェン、オランダ)
ナシャー美術館(ダーラム、アメリカ)


【受賞】
Uriöt賞(アムステルダム)
2010年カイロビエンナーレ賞
2006年第7回レオポール・セダール・サンゴール・グランプリ(ダカールビエンナーレ)


作家公式ウェブサイト>